2013年~2021年 センターオブイノベーション(COI)・アクアイノベーション拠点・信州大学「複合水処理膜のシミュレーション」

概要

信州大学が中心に共同提案した「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」構想のもと、オールジャパンの研究開発体制で海水や油を含む水などから安全で安心な水をつくる革新的な「造水・水循環システム」の実用化を目指して研究が進められています。RISTはスーパーコンピューターを利用した計算機シミュレーションにより、信州大学の研究リーダ遠藤守信特別特任教授のグループが合成した水処理膜の構造モデル、透水性、脱塩性能の解析を実施し、水処理膜のメカニズムを理解し実験グループと性能向上に取り組んでおります。プロジェクトでは、「革新的な水処理膜の設計・合成」、「モジュール化」、「システム化」と3つのPHASEに分けて研究開発を進め、最終的に高度な造水・水循環システムの社会実装を実現することにより、世界規模の水不足の課題を克服することが目的です。本研究の成果により、海水・汚れた水から安価に継続して清潔な水を手にすることが世界中で可能となり、人類の生命を守り生活向上を維持し、持続可能な社会を構築することに繋がります。

本研究の成果

Bold体:RIST所属

  1. Antifouling performance of spiral wound type module made of carbon nanotubes/polyamide composite RO membrane for seawater desalination
    Juan L.Fajardo-Diaz, Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz Silva, Akito Matsumoto, Yutaka Ueno, Norihiro Takeuchi, Kotaro Kitamura, Hiroki Miyakawa, SyogoTejima, Kenji Takeuchi, Koichi Tsuzuki and Morinobu Endo
    Desalination 523 (2022) 115445
  2. Enhanced Antifouling Feed Spacer Made from a Carbon Nanotube− Polypropylene Nanocomposite
    Hiroki Kitano, Kenji Takeuchi, Josue Ortiz-Medina, Rodolfo Cruz-Silva, Aaron Morelos-Gomez, Moeka Fujii, Michiko Obata, Ayaka Yamanaka, Syogo Tejima, Masatsugu Fujishige, Noboru Akuzawa, Akio Yamaguchi, and Morinobu Endo
    ACS Omega, 2019, 4, 15496-15503
  3. New Insights in the Natural Organic Matter Fouling Mechanism of Polyamide and Nanocomposite Multiwalled Carbon Nanotubes-Polyamide Membranes
    Rodolfo Cruz-Silva, Yoshihiro Takizawa, Auppatham Nakaruk, Michio Katouda, Ayaka Yamanaka, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Syogo Tejima, Michiko Obata, Kenji Takeuchi, Toru Noguchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo
    Environ. Sci. Technol. 2019, 53, 6255-6263
  4. Effective Antiscaling Performance of Reverse-Osmosis Membranes Made of Carbon Nanotubes and Polyamide Nanocomposites
    Yoshihiro Takizawa, Shigeki Inukai, Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Syogo Tejima, Ayaka Yamanaka, Michiko Obata, Auppatham Nakaruk, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo
    ACS Omega, 2018, 3, pp 6047–6055
  5. Water Diffusion Mechanism in Carbon Nanotube and Polyamide Nanocomposite Reverse Osmosis Membranes: A Possible Percolation-Hopping Mechanism
    Takumi Araki Rodolfo Cruz-Silva, Syogo Tejima, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo
    Phys. Rev. Applied 9, 024018
  6. Antiorganic Fouling and Low-Protein Adhesion on Reverse-Osmosis Membranes Made of Carbon Nanotubes and Polyamide Nanocomposite
    Yoshihiro Takizawa, Shigeki Inukai, Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Noriko Uemura Aaron Morelos-Gomez, Josue Ortiz-Medina, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takeyuki Kawaguchi, Toru Noguchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo
    ACS Appl. Mater. Interfaces,2017, 9,pp 32192–32201
  7. Effective NaCl and dye rejection of hybrid graphene oxide/graphene layered membranes
    Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Hiroyuki Muramatsu, Josue Ortiz-Medina, Takumi Araki, Tomoyuki Fukuyo, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones & Morinobu Endo,
    Nature Nanotechnology(2017)
  8. Nanostructured carbon-based membranes: Nitrogen doping effects on reverse osmosis performance
    Josue Ortiz-Medina, Hiroki Kitano, Aaron Morelos-Gomez, Zhipeng Wang, Takumi Araki,  Cheon-Soo Kang, Takuya Hayashi, Kenji Takeuchi, Takeyuki Kawaguchi, Akihiko Tanioka, Rodolfo Cruz-Silva, Mauricio Terrones and Morinobu Endo
    NPG Asia Materials,8,(2016)
  9. Molecular Dynamics Study of Carbon Nanotubes/Polyamide Reverse Osmosis Membranes: Polymerization, Structure, and Hydration
    Takumi Araki, Rodolfo Cruz-Silva, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Shigeki Inukai, Toru Nogushi, Akihiko Tanioka, Takeyuki Kawaguchi, Mauricio Terrones and Morinobu Endo
    Applied Material & Interfaces, 2015, 7, 24566
    ニュースリリース:「カーボンナノチューブ(CNT)とポリアミド(PA)の複合RO膜の分子動力学に関する研究~本学スパコンを活用した革新的なRO膜科学への展開~」(2015年11月18日)
  10. Oil sorption by exfoliated graphite from dilute oil–water emulsion for practical applications in produced water treatments
    Kenji Takeuchi, Masatsugu Fujishige, Hidenori Kitazawa, Noboru Akuzawa, Josue Ortiz Medina, Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Takumi Araki, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, Morinobu Endo
    Journal of Water Process Engineering 8, 91-98(2015)
    ニュースリリース:「膨張黒鉛(EG)による随伴水一次処理法の開発~環境影響が少ない資源採掘に前進~」(2015年10月16日)
  11. High-performance multi-functional reverse osmosis membranes obtained by carbon nanotube·polyamide nanocomposite
    Shigeki Inukai, Rodolfo Cruz-Silva, Josue Ortiz-Medina, Aaron Morelos-Gomez, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Akihiko Tanioka, Takumi Araki, Syogo Tejima, Toru Noguchi, Mauricio Terrones, and Morinobu Endo
    Scientific Reports 2015, 5, 13562
    ニュースリリース:「カーボンナノチューブ・ポリアミドのナノ複合膜による高性能、多機能性逆浸透(RO)膜の開発に成功」(2015年9月8日)

世界の水事情について

このプロジェクトの背景には世界各地で発生している深刻な水不足にあります。水に関する世界的な課題として(1)世界で11億人余りが安全な飲料水にアクセスできず、また農業水が十分に確保されない等で9億人余が食料不足にさらされている、(2)経済発展に必要な工業用水や資源開発用水の確保に加えて、資源算出時の排水処理や水汚染問題は国際的な環境課題であり循環して利用する新技術が求められている、(3)世界的に見ると水が偏在化しているが、それ以上に人口の偏在化も起こっており、需要と供給のバランスがとれておらず、「水の危機」が問題視されている、(4)水不足を補う水源として、海水・かん水等が注目されているが、海水・かん水の淡水化等の造水においては、低コスト化、省エネ化が普及を阻害している、(5)かん水、海水等には有用資源も含まれており水圏有用資源の採取が不十分となっている、などがあげられる。

世界的な水不足を解消するために注目したのが、海水、随伴水、かん水という3つの水源で、これらはすべて塩分をとり除く技術に集約されるため、脱塩のためのテクノロジーが革新的な水処理膜開発には必要です。

水処理膜について

半透膜と呼ばれる膜をはさんで淡水と海水を入れておくと、塩分濃度が低い淡水側から塩分濃度が高い海水側へ水が膜を介して移動し、両サイドで水位差(浸透圧)が生じます(図1左)。半透膜にはおおよそ1〜2nmのサイズの細孔があるために、水分子だけを選択的に透過します(図1右)。海水側にこの浸透圧以上の圧力をかけると、今度は海水側から淡水側へ水が移動する逆浸透現象が生じます。この機能を水処理に応用したのが逆浸透膜です。

図 1. 水処理膜の機能の概念図

例えば塩分3.5%を含む海水の浸透圧は28.3気圧なので、28.3気圧以上の圧力を海水側にかければ淡水側に水は浸透します。海水の半分の量を淡水にする場合、海水は最終的に塩分7%まで濃縮されますから、56.6気圧程度の圧力を掛ける必要があります。

海水を淡水に処理する水処理膜の性質をもつ高分子素材として、ナイロン膜、芳香族ポリアミド膜があり、工業的には芳香族ポリアミド膜を逆浸透膜として利用する方法が広く使われています。

しかし、多量の海水を処理すると、海水に含まれるプランクトンなど死骸が水処理膜の細孔に入り込み(ファウリング)、透水性が低下し、さらにこの汚物を次亜塩素酸で洗浄すると膜の細孔構造を破壊し、脱塩率悪化を引き起こし性能低下を引き起こすことが課題となっています。

4. 信州大学におけるロバストカーボン複合水処理膜の研究開発

信州大学では実験技術と大規模シミュレーションの連携により、耐久性の優れたロバストな構造なカーボン材料からなる複合水処理膜の開発に取り組んでいます。その結果、芳香族系ポリアミドにカーボンナノチューブ(CNT)を分散させて革新的な水処理膜:CNTポリアミド複合膜を開発しました。多量のCNTをポリアミド膜に分散する実験技術は信州大学固有な技術で世界で初めて成功しました(論文1)。

さらに、実験データをもとにした膜の原子構造データ構築し、これらの膜がなぜ水・イオン分離機能に優れているかを、膜と水・イオンとの原子間相互作用に基づく分子動力学法により膜の耐久性、透水性、耐塩素性、ファウリングなどを計算機シミュレーションにより水処理メカニズムを微視的に把握することにも成功しました(論文2)。シミュレーションの結果を図2に示します。CNTが内部に存在する場合でも従来のポリアミド膜単体の水の拡散係数に近い値を得ました。これはCNTが水の拡散を大きく阻害しないことを意味します。CNTの一番大きな影響は、ポリアミド部分のフレキシブル性への影響であり、CNTが存在する場合にはポリアミド部分が動きにくくなっています。ポリアミド単体の場合、ポリアミドを構成する炭素は激しく動くのに対し、CNT複合膜の場合にはポリアミド部分は動きづらくなっており、このポリアミド部分の拡散の抑制が塩の除去率に影響すると考えられます。

図 2. CNT入りのポリアミド膜(左)と従来のポリアミド膜(右)の透水シミュレーション

図 3. CNT入りのポリアミド膜(上)と従来のポリアミド膜(下)の脱塩シミュレーション

実際に塩の侵入率をシミュレーションしたところ、CNT入りのポリアミド膜は塩が中に侵入しづらい結果となりました(図3参照)。

このような透水、脱塩シミュレーション以外にも、油分の吸着シミュレーションも行っています(論文3)。シミュレーションの結果を図3に示します。これは信州大学で開発した天然黒鉛から得られる膨張黒鉛(空隙の大きい黒鉛)を使った一次随伴水処を想定したシミュレーションで、油が選択的に膨張黒鉛に吸着する様子を再現しています。解析の結果、吸着のメカニズムは黒鉛(グラフェン)と油分子の間のファンデルワールス力だけでなく、油分子を水/黒鉛界面に押し出す疎水性の性質も大きく寄与していることが分かりました。

図 4 油滴が選択的に膨張黒鉛に吸着する様子

 革新的材料のメカニズムをシミュレーションで微視的に把握することは科学的に十分な意義があります。

スーパーコンピューター利用について

これらの計算結果は、主に「信州大学のスパコン」と「海洋研究開発機構の地球シミュレータ」を利用して得られました。

(1) 信州大学がCOIのために購入したスーパーコンピューターの仕様

計算機  PRIMERGY RX200 S8  「PRIMEHPC FX10」
計算ノード数  16  12
理論演算性能  6.758 T Flops  2.5 T Flops
総メモリ容量  4TB  384GB

(2)「地球シミュレータ公募課題」に採択され、大規模シミュレーションを実施しています。

課題名 大規模シミュレーションを用いた革新的ロバスト炭素膜による水処理機構に関する研究
課題責任者 遠藤守信 信州大学
実施メンバー 手島正吾、荒木拓海、他

平成27年度

平成28年度

 

平成27年度 地球シミュレータ利用報告会 ポスター発表資料

連絡先

手島正吾 tejima@rist.or.jp