令和元年度-令和5年度 安全保障技術研究推進制度 筑波大学拠点「高強度CNTを母材とした耐衝撃緩和機構の解明と超耐衝撃材の創出」
概要
計算科学技術部は,筑波大学数理物質系の藤田淳一教授が代表を務める防衛装備庁安全保障技術研究推進制度・大規模研究課題TypeS「高強度CNTを母材とした耐衝撃緩和機構の解明と超耐衝撃材の創出」に研究分担機関として参画し,ダイラタント現象に着目した材料評価研究を進めています.
ダイラタント現象は遅いせん断刺激には液体のように振る舞い,より速いせん断刺激に対してはあたかも固体のような抵抗力を発揮する現象であり,例えば水溶き片栗粉の実験は小中学校の課題にあがるほど身近です.一方で,ダイラタント現象自体の発現メカニズムは十分に解明されておらず, ダイラタント現象を発現させるための分子科学に基づく材料設計指針も確立していません.我々はダイラタント現象を理解し制御することでCNTを用いた極めて強い耐衝撃材料が実現できると考え,実験と分子動力学シミュレーションを融合したダイラタント現象発現メカニズムの解明に取り組んでいます.
本研究の成果
★bold体:RIST所属
- Molecular dynamics simulation of carbon nanotube growth under a tensile strain
Ayaka Yamanaka, Ryota Jono, Syogo Tejima & Jun-ichi Fujita
Sci. Rep. 2024年 14巻, 5625頁
- Modelling shear thinning of Imidazolium-based ionic liquids
Tatsuya Yamada, Patrick A. Bonnaud, Syogo Tejima and Jun-ichi Fujita
Chem. Phys. Lett. 2023年 816巻, 140387頁
日本語解説はこちら(pdf).
- Dispersion Free Energy of Carbon Nanotubes in Water Systems,
Ryota Jono, Syogo Tejima, and Jun-ichi Fujita
Chem. Lett. 2023年, 52巻, 156-159頁
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一般にCNTは溶液への分散能が非常に低いことが知られているが,CNTの精製・紡糸等の生産から応用の全過程で水への溶解度改善が必要である.そこでCNTを水中に分散させるための分子設計指針を分散自由エネルギーの観点から検討した.
論文中の図の説明
図a 水中CNTの分散自由エネルギーと成分分解表示
図aは2本の無限に長いpristine CNT(pCNT)を水中で平行に配置した系について,CNT軸間距離を変えたときの自由エネルギー変化をプロットしたものである.本研究で新たに開発した自由エネルギーをpCNT/pCNT間相互作用,pCNT/H2O間相互作用,H2O/H2O間相互作用に分解する解析を行ったところ,赤線で示したようにpCNT/pCNT間相互作用による安定化は15 kcal mol−1 nm−1程安定となりp-p相互作用による強力な安定化機構が示された.一方で青線で示したpCNT/H2O間相互作用はpCNT同士が接触している時は不安定で,分散している方が安定化していることがわかった.用いた汎用分子間相互作用パラメタはpCNTの炭素と水の酸素間(eC/O=1.04 kcal mol−1)はCNTの炭素間(eC/C=1.04 kcal mol−1)とくらべて1.4倍も大きいことからpCNTと水は近接して相互作用したほうが一見安定である.しかし溶液としての水分子の間隔(~0.35 nm)と比べpCNT表面の炭素原子間隔(~0.14 nm)が示すようにpCNT表面の炭素原子は非常に密に配置されており,結果として炭素炭素間相互作用の数が多いためpCNT/水間相互作用よりもpCNT/pCNT間相互作用の効果が上回ることがわかった.
図b 水中CNT-COOHの分散自由エネルギーと成分分解表示
図c CNT-COOHの構造
続いて水溶液にCNTを分散させるために表面を化学修飾した場合について分散自由エネルギーを求めた.図bはpCNT周りにカルボキシル基を均等に配置した構造CNT-COOH(図c)の水中分散自由エネルギーである.定義から明らかなように,pCNT/pCNT相互作用由来の自由エネルギーは前述の図aと同じであるが,付加した官能基の立体障害によって急激な不安定化がCNT間距離1.6 nmから始まっていることがわかる.この効果によりpCNT/pCNT間相互作用が働かない距離で安定化することがわかった.
- Viscoelasticity of Low-Molecular-Weight Polyelectrolytes
Patrick A. Bonnaud, Hiroshi Ushiyama, Syogo Tejima and Jun-ichi Fujita
J.Phys.Chem. B 2022年, 126巻, 4899-4913頁
- Microstructure of the Fluid Particles around the Rigid Body at the Shear-thickening State toward Understanding of the Fluid Mechanics(流体力学の理解へ向けた剛体周りの流体粒子の微細構造)
Ryota Jono, Syogo Tejima, and Jun-ichi Fujita,
Scientific Reports 2021年, 11巻, 24204頁
日本語解説はこちら(pdf).
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本研究で我々は非平衡分子動力学法によって流体粒子中の剛体球のシミュレーションを用いたダイラタント現象の発現に成功した.剛体球周りおよび流体粒子周りの2次元対分布関数から,ダイラタント現象が発現するときには微細構造が異方性を持っていることを示し,流体粒子と剛体球の大きさの違いに起因する速度の違いによってこの異方性が現れることを見出した.この速度差によって流体粒子と剛体球の衝突が引き起こされ系の粘度が上昇することを明らかにした.
図の説明:
Figure 1.
縦軸に粘度,横軸にせん断速度に比例するペクレ数(Pe)を取ったレオロジープロットから,Pe=50付近から急激な粘度の上昇が起きていることがわかる.このことからシミュレーションでのダイラタント現象発現に成功したと言える.
さらに剛体球の濃度が高いほど,低いせん断速度でダイラタント現象が始まる実験事実を再現した.
Figure 2.
動径分布関数である.(a)流体粒子-流体粒子間,(b)剛体球-流体粒子間,(c)剛体球-剛体球間の動径分布関数.ペクレ数Pe=0はせん断なし,Pe=42.9はニュートン流体状態,Pe=50.0はダイラタント現象が置き始めた所,Pe=51.4は粘度が十分ました所を指す.全般的な傾向として,ニュートン流体領域ではせん断をかけると構造はより堅いゆらぎの少ないものとなり,ダイラタント現象が始まると粒子間衝突を示すような新しい特徴的な構造が現れるようになる.(b)の流体粒子-剛体球間動径分布関数からは剛体球に非常に接近した流体粒子が現れ,(c)剛体球-剛体球間動径分布関数は分布が崩れより接近した構造が現れる.
Figure 3.
Figure 2.の動径分布関数ではダイラタント現象の起源が剛体球と剛体球の衝突か剛体球と流体粒子の衝突かわからなかったので,(a)-(c)流体粒子周りの流体粒子の対分布関数,(d)-(f)剛体粒子周りの流体粒子の対分布関数,(g)-(i)剛体球周りの剛体球の対分布関数を計算した.(a)-(c)は最近接粒子の分布はペクレ数によらずほぼ真円で特徴的な違いは見られなかった.(d)(e)の分布もほぼ真円だったがダイラタント現象が起きた後の(f)では異方性を持った分布であり,(g)-(i)ではダイラタント現象が起きた前後で剛体粒子が整列した分布であったことから,剛体球に流体粒子が衝突することがダイラタント現象の起源であることがわかった.
(f)は中心の剛体球に対して,より速いせん断流れに乗って移動する流体粒子がx<0,y>0の領域で剛体粒子に衝突する様子が分布に現れている.一方x>0,y>0の領域では流体粒子に対して剛体粒子が追いつけず疎な分布が現れている.このように粒径の違いが粒子速度の違いを発生させ,相対速度の正負によって衝突が生み出されることがわかった.
Figure 4.
流体粒子の速度分布.(a)は流体粒子飲みからなる系についてせん断を欠けたときの速度分布,(b)は2つの剛体球周りの流体粒子の速度分布である.(a)の単純せん断を示す対称的な速度分布に対して,(b)では剛体球に挟まれた幅広い領域(-7<y<+7)で速度がゼロに近く,流体の停滞が見られる.このような効果は流体力学的相互作用として知られておりマイクロスケールの物理シミュレーションで用いられているが,分子間力のみを仮定した分子動力学法によって示された初めての例である.
- Neat and aqueous polyelectrolytes under a steady-shear flow
Patrick A. Bonnaud, Hiroshi Ushiyama, Syogo Tejima and Jun-ichi Fujita
J. Phys. Chem. B, 125巻, 6930-6944頁
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準備中
学会発表先
- 分子シミュレーション討論会
- 日本コンピュータ化学会 秋季年会
- 応用物理学会秋季学術講演会
- ICFD2021
他.